百人一首 ~余情訳&文法訳&英訳~ 001天智天皇

秋の田の 仮庵の庵の 苫をあらみ わが衣手は 露に濡れつつ

天智天皇
627~671 舒明天皇の皇子で、中大兄皇子として藤原鎌足らと共に蘇我氏を倒し、大化の改新を実現し、天智天皇として近江に都を開いた。平安時代の歴代天皇の祖として後代尊敬されるようになる。
◆余情訳◆
秋。実りの秋。
私たち農民は、秋の田で稲刈りなどさまざま農作業をしなければなりません。家に帰る暇も惜しいこの季節、秋の田のかたわらに粗末な小屋を建て、屋根の代わりに萱で編んだむしろを掛け、雨露をしのぎながら、そこに寝泊まりして農作業に明け暮れるのです。
でも、そのむしろの編み目があらいので、その編み目から、朝方には露が降りてきて、私たちの衣の袖を濡らしていくばかりです。
❤ヒミツとホソク❤
おや? この和歌の作者は天智天皇であるはずなのに、余情口語訳では主体人物が農民になってますね。どういうことでしょう?
実は、この和歌の真の作者は天智天皇ではないのです。これはもともと万葉集の作者不明の「秋田刈る 仮庵を作り 我が居れば 衣手寒く 露ぞ置きにける」(巻十・二一七八)という和歌でした。おそらくは実際の農民が作ったこの和歌が、やがて平安時代になり貴族に口伝えで伝わるうちに、農作業の実感からかけ離れ、歌詞も王朝人好みの言葉づかいとなり、さらにそのような農民の労苦を理解できる理想的な統治者である人物として、平安時代の歴代天皇の祖とされる天智天皇が作者とされるように変遷していったと思われます。
▼文法口語訳▼
秋の田の粗末な小屋の苫があらいので、私の衣の袖は露に濡れていくばかり
△語注と文法△
*仮庵の庵【かりほ(オ)のいほ(オ)】
  → 農作業をするために田んぼの近くに建てられた農作業用粗末な小屋。
*苫【とま】
  → 菅(すげ)や萱(かや)で編んだ菰(こも)。むしろやござのようなもの。
  → 平安後期から寂しさやわびしさを思わせる語としてよく用いられた。
*苫 を あら み (名詞+間投助詞+形容詞語幹+接尾語)
  → 「名詞+を+形容詞語幹+み」で「○○が~なので」と訳す。
*あら(形容詞語幹)
  → 「荒し」という形容詞の語幹。屋根の苫の編み目が荒く、雨露が漏れるのを意味する。
*衣手【ころもで】
  → 衣の袖という意味の歌語(和歌にだけ用いられる語)。
*ぬれ つつ【動詞連用形+接続助詞】
  → 「つつ」は継続の接続助詞で、次第になって行く状態を示す。
  → 袖が次第に塗れていく経過と、そのことへの感慨を示す。
  → 接続助詞で終わることにより、歌がまだ続く雰囲気が残り、余韻がもたらされる。
■英語訳■
Coarse the rush-mat roof
Sheltering the harvest-hut
Of the autumn rice-field;
And my sleeves are growing wet
With the moisture dripping through.
□英語注釈□
coarse・・・粗い
rush・・・藁
hut・・・小屋
moisture・・・湿り気
are growing wet・・・「進行形」で「露にぬれつつ」継続を示す。
●決まり字●
*「あきの」 → 「わがころもでは」
  ・秋の田の 仮庵の庵の 苫をあらみ わが衣手は 露に濡れつつ
*「あきか」 → 「もれいづるつきの」
  ・秋風に たなびく雲の 絶え間より もれ出づる月の 影のさやけさ